世界で最も大きな映画賞であり、もっとも権威のある映画の祭典・アカデミー賞。94回目を迎える今回、日本の映画『ドライブ・マイ・カー』が邦画で初となる作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、と4部門でノミネート。これは日本の映画史史上、もっとも大きな快挙とも言えます。
ということで、『ドライブ・マイ・カー』とアカデミー賞について、アカデミー賞追っかけ歴8年の著書が紐解いていきます。
アカデミー賞って? どんな作品がオスカーに輝くのか
まずアカデミー賞について。1929年にアメリカの映画界発展のために創設されました。トロフィーの愛称から、別名オスカーとも呼ばれています。
各部門の選考は、映画界で活躍する9000人以上の優秀なメンバーが所属している映画関連団体・映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences)が行います。ちなみに、会員に白人が多いということもあり年々会員数を増やそうという動きになっています。
つまり、映画業界でバチバチに第一線で働く映画のために生きる人たちが、ノミネート、受賞作品を選出しているのです。
そんなアカデミー賞、近年ではジェンダーや人種などのマイノリティーへのエッセンスが盛り込まれているかなど、作品が持つ物語性や演技力以外にも重きが置かれています。簡単に述べると出演者、スタッフも込みで白人や男性ばかりの作品はメディアやSNSで酷評されます。そのため、Netflixのオリジナル作品やディズニー作品でも、必ずマイノリティーや多様性についての描写があります。
娯楽としての映画ではなく、歴史に残るべき文化としての映画が、オスカーを獲得する傾向なのです。
また2020年、ポン・ジュノ監督による映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞を受賞するという、アジア史に残る異例な結果を残しました。この大事件により『ドライブ・マイ・カー』も、ひょっとすると、もしかするとと期待が膨れてしまいます。
作品賞のライバル
作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門にノミネートされていますが、作品賞がもっとも影響力を持ちます。
例年通り今回も、珠玉の大作が名を連ねています。
・『ベルファスト』
・『コーダ あいのうた』聾唖者の家族を描いたフランス映画『エール』のリメイク作
・『ドント・ルック・アップ』Netflix配信作で、ダークユーモアの効いてる
・『DUNE デューン 砂の惑星』時代を超えて再度描かれた超SF大作
・『ドリームプラン』貧困に負けない夢の軌跡
・『リコリス・ピザ』(7月公開予定)作中の日本人女性への差別表現が異論を呼んでいるらしい
・『パワー・オブ・ザ・ドッグ』Netflix配信作。極上のストーリー展開と時代描写
・『ウエスト・サイド・ストーリー』名作をスティーブン・スピルバーグがリメイク。
・『ナイトメア・アリー』デルトモ監督の世界観がキモくて気持ちいい
とエゲツない作品が並んでいます。
濱口竜介監督
濱口竜介監督が描いた『ドライブ・マイ・カー』、村上春樹の短編小説『女のいない男たち』が原作の映画です。
監督の濱口竜介は『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』『偶然と想像』など、広告がデカデカと打たれるメジャー作品ではなく、いわゆる単館系の作品を手がけてきました。簡単な経歴を。東京大学に進学、在学中に映画に目覚め学につきます。卒業後は東京藝術大学大学院の修士課程に進み、修了作品『PASSION』では日本のみにならず海外からも評価されるという異例の結果を残しています。
映画『寝ても覚めても』は「第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門」「第43回トロント国際映画祭Contemporary World Cinema部門」「第56回ニューヨーク映画祭Main Slate部門」にノミネートされ、国内外で支持を集めました。しかし、この作品の主演は東出昌大と唐田えりか。そう、あの不倫騒動により、悪い注目の集め方をしてしまったのです。
喪失と希望『ドライブマイカー 』
この作品を語るのに欠かせないのは村上春樹の原作の存在。ノーベル賞の時期になると文学賞獲得になるかと毎年騒がられている世界で名を轟かす大作家です。
今作の原作となった『女のいない男たち』は、2014年に刊行された短編小説。収録されている短編作品「シェエラザード」「木野」と、アントン・チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』のセリフなど織り交ぜ、濱口竜介が新たに肉付けした物語となっています。
喪失を負った舞台演出家の主人公(西島秀俊)と、彼の車を運転するドライバーの女(三浦透子)との関わり、彼が演出する演劇の様子や、そこに出演する俳優たちについてが描かれています。
淡々とした短い会話劇の中で、登場人物のキャラクターや心情が掘り下げられていくのが特徴。村上春樹読者からすると、その世界観の再現性の高さに感銘を受けるはずです。
『ドライブマイカー 』は作品賞は厳しい??
日本の映画界の快挙となるアカデミー賞4部門ノミネート。監督賞を筆頭に受賞が期待されますが、作品賞は厳しそうなのが個人的な意見です。
誤解がないようにお伝えしたいのが、本作は紛れもない名作です。娯楽ではなく文化としての映画でもあります。問題は、受賞作を投票する映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences)の会員たちです。
メンバー約9500人が投票して受賞作を決めます。いわゆるランキング投票であり、会員はノミネート作品の中からいいと思った作品1位から最下位までを選出します。
このシステムが、『ドライブマイカー 』の作品賞受賞を難しくしています。恐れずに簡潔に述べると、本作は万人受けする作品ではありません。いわゆる文化に特化したアート系です。
一部の会員から1位で投票されても、多くの人から2位や3位で投票されないでしょう。つまり、少ない人からの1位より、多くの人から2〜5位に選ばれる方が受賞に輝きやすいのです。
他の映画賞とは異なり、文化としての賞を確立させているアカデミー賞。先ほども説明しましたが、単純な作品の面白さより、マイノリティを主題にしているかに重きをおいている傾向にあります。本作はマイノリティについて描いていますが、それに特化した作品でもありません。
多くの会員は上位のうち1作は、マイノリティ・弱者にスポットライトを当てている作品に投票するでしょう。となると、聾唖者・人種差別・ジェンダーに特化した作品たち『コーダ あいのうた』『ドリームプラン』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』あたりに票が集まりやすいです。
近年の作品賞受賞作で見ても、貧困格差を描いた『ノマドランド』『パラサイト 半地下の家族』、ジェンダーも描いた『グリーンブック』半魚人で人種差別・ジェンダーを表現した『シェイプオブウォーター』など、マイノリティに特化した作品がオスカーを獲得しています。
意地悪な言い方をすれば、マイノリティ描写に特化して当たり障りのない作品が有利です。ゆえに、マイノリティ(聾唖者描写)がややあり、一部の人には深く刺さる『ドライブマイカー』が作品賞を取るのは厳しいかと。
アカデミー賞が築こうとしている文化
著者の本音を言えば、面白ければそれでいいじゃん!という気持ちもあります。しかし、アカデミー賞は映画で文化を築こうとしているのです。文化を築くとは、マイノリティが虐げられることのない世界。
映画芸術科学アカデミーでは、ジェンダー・人種・経済格差etc……、マイノリティを無くすように訴えかける作品こそがアカデミー賞作品賞にふさわしいという風潮です。
最後に、なんだかんだ『ドライブマイカー 』に作品賞とってほしい!!!!!
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